![]() |
|
|
2月の独り言 その1 久しぶりの独り言。野球の話です。昨日の日本代表と12球団選抜の試合。おもしろかった。 なぜか?それは、観客も少ないせいもあるけど、応援団というものがいなかった。 だから、鳴り物や歓声もほどほどで、ボールがバットに当たる音、キャッチャーミットにボールが収まる音、選手の声、等々、本来の野球の音を聞くことができて、ものすごい臨場感を感じることができた。 ぼくは、大リーグの中継を見たときから感じてた。大リーグ中継では、野球の音が聞こえる。それに引き換え日本の中継は、応援団の鳴り物と歓声にかき消され野球の音が聞こえない。 キャッチボールの経験のある人ならわかると思いますが、ボールをミットの収めたときにいい音がしたときは気分がいい。それが野球の音だと思う。 最近の野球人気低迷の原因、人気回復には、ひとつのヒントになるような気がする。 車もそうだけど、現場の音というのは重要だと思う。見ている人、実際にやっている人にとって、気分が乗ってくる最大の要因だと思う気がします。 僕もいい音だして、仕事に、走りに頑張りたいな。 |
|
6月の独り言 その2 昨今の少年犯罪に一言。 TVニュースや、新聞ではこの種の事件のときに、決まって少年、少女という言葉を使うことが多い。違うと思う。僕の判断では、半大人である。だって、12歳の小学生をかわいいからと、○―ニング娘とか騒いでTVに出しておきながら、16歳が事件を起こしたら少年、少女である。矛盾している。僕にも小学6年の息子がいるが、かわいかったらアイドルで、事件を起こしたら小学生?なんか変だよ。確かに時代は時とともに変化していくものだろうけど、文化や知識、意識は向上という変化であればいいが、ただ時代だからだけで変化の仕方に無頓着になってないだろうか?人が人を殺す。このことは過去の歴史のとおり戦争という副産物でもあり、決して文化でもなく、絶対にやってはいけないことのはず。それを我々は学んできたはずなのに・・・・。 今、ゲーム屋にいくと驚くほどに、殺し合い、倒しあいのゲームがある。なぜ?もしかしたら、最近の子供は殺人というシュミレーションをゲームで体験しているのかも知れない。これは恐ろしいことだ。夏の蚊を殺すとは大違い!人が人を殺すのである。僕ら大人も見過ごしてきたいろいろな事が、現実となって社会化してきているかもしれない。 TVをはじめとするメディアにも責任はある。報道は自由であり、正確な報道、情報は必要不可欠。問題なのは、その伝わり方である。僕は48歳。息子は12歳。インターネットも普及した現代では、情報量 は同様に吸収することが可能だ。問題はここにある。ある程度の分別のきく大人と半大人である少年、少女が同じ情報を同様に自分自身で処理できるとは、とても思えない。 例えば、○○サスペンス劇場とかあるよね。必ず、誰かが殺されていく。あれを、視点を変えて殺すことを躊躇させるような設定に出来ないものだろうか。殺人事件の謎を解くのではなく、殺人事件にいかない未遂の設定にできないんだろうか。 もう、ただ情報を自由に正確に伝えるという使命は、メディアは終わったんじゃないのかな。情報が伝わることで文化が育つ。そんなスタンスに立って報道されないと、もうこれからダメじゃないのかな。これからは報道にも意思があってもいいと思う。それをどのように受け止めるかは、受け止め方側の意思で判断すべきで、その判断基準は大人として扱われるべきものだと思う。だから、頭は、大人も少年、少女も差がない。唯一の差がその大人としての判断基準。そこに着目してこそ、本当の教育とか指導とか、育てるとかできるんじゃないかな。 唐突のない文章になってしまったが、僕はクルマを通じて、クルマの文化を育てるという意思でこれからも情報を提供していきたいと思う。微力ながら・・・・。 |
|
6月の独り言 その1 超久しぶりの独り言ですね。 先日、中部地区や全日本で活躍しているジムカーナ選手二人と、遅くまで語り合ってしまった。メインテーマは、中部地区のマフラー規制。なぜ?って・・・・・・。 もう5年近く?経過している事項なので、そのマフラー規制の時にジムカーナ部会副部会長兼技術部長をしていて、あのゴタゴタ騒動の渦中の真っ只中にいた僕としては、当時の事の経緯を、この際おおやけにしたい気持ちで一杯だが、それをやってしまうと傷つける人も出てきてしまうので・・・・・・・・・。 ただ、今のジムカーナ部会ではルール上OKのクラスはOKにしようと試行錯誤は、なされているようなので見守ってはいますが・・・・。 小耳にはさんだ事として、エントラントにアンケートを実施すると、ショップが儲かるルールはおかしい!といった内容のものもあるらしい。ショップを経営している僕としては心外である。僕はマフラー規制反対派です。だけど、それはショップの経営うんぬんではない。確かに全然影響がないか?と聞かれれば、当然商品は動くわけだから、影響はあります。でも、覚えている人は少ないかもしれないが、儲け主義でやるなら地方選手権を参加費9000円で開催なんかしてません。(過去に当チームが主催しました。ただ、残念なことに当時の部会では反感をかってしまったが・・・。) 僕が一番言いたいのは、今ジムカーナをやっている人、これから始めようとしている人。その人たちの最初の窓口だったのは、JAFでもなく、JMRC中部ジムカーナ部会でもない。大半は自分の選んだショップのはずです。僕は業界側の人間なので、いろいろなショップの方と話をする機会があるが、「ジムカーナは改造範囲が狭く、ショップとしてビジネスチャンスが少ない」という意見をよく耳にします。またあるショップオーナーは、ジムカーナをやろうと思って来店した客に「ジムカーナは、マフラーもダメだしあまりチューニングする部分がないから、おもしろくないよ」と言って、サーキット志向に持っていくとも聞いたことがあります。確かに今、この業界は決して景気がいいわけではありません。だから、なおさら前述のようなショップが増える傾向でもあるわけです。 だからと言って、無制限にしろと言うわけではありません。ただ、ジムカーナのように国内モータースポーツの底辺であるカテゴリーは、レースのように多額のスポンサードや体制ではなく、本当の意味での参加型だと思います。その参加型モータースポーツの最初の窓口がショップだと思うんです。ですから、参加者とショップ、そして主催者が共存共栄できるようなスタンスで、ルールなど考えてほしいと思います。 今、中部地区ではG6ジムカーナが最大の参加台数を誇ります。このG6の存在をうまく有効活用していくようにJMRCやJAFは考えてほしいです。でないと、今のままではズルズルとジムカーナが衰退していくのは明らかです。それは初級イベントの参加台数の数で明らかです。(別の問題も多少ありますが・・・。) ショップに元気がないと、参加者も元気がなくなります。僕もジムカーナに関わるようになって10数年。確かにルールを決めていくのはJAFやJMRCです。しかし、参加者を支えてきたのは、ジムカーナに取り組んでいる多くのショップです。このことは間違いありません!自信あります。 長々と書いてしまったかえど、本当になんとかならないですかね・・・・・・。 まあ余談ですが、例のマフラー規制のゴタゴタの時のエントラント向けの釈明説明会で僕が「もうすでに買ってしまったひとは、僕に請求書をください!僕が払います!」って言ってしまったけど、一人も請求書が来なかったのは、実はホッとしてたりしてました。 |
|
6月の独り言 その1 つい最近ショックな出来事があったので、久しぶりに…。実は先日、息子峻介と学校での給食の話になって、自分の小学校時代のメニューを「コッペパンと、脱脂粉乳と…。」と話したら、「あぁ、それ社会の教科書に書いてあるよ。昔はこうだったって。」そして、その次の一言が「パパって、昔のひとなんだね」!!! が〜んっ! これって、僕の小学校時代に、太平洋戦争終戦後の日本のことを勉強してる感覚と時代の流れの感覚が同じってことか〜! 突然、自分が年寄りになった瞬間だ。年寄りならオヤジのほうがマシだと思う今日この頃である。 |
|
12月の独り言 その3 ちょっと嬉しくなって一言。昨夜帰宅しての出来事。いきなり峻介が「パパ、あのさ〜、GT4の富士のAコーナーって、かなりムズイよね〜」って。えっ??? GT4をやってたの? 一人で?………。 ついに来た! 目覚めの時が!……。僕的には非常に嬉しい一瞬だった。先日の全日本GT鈴鹿ラウンドをホスピタルスペースから観戦させた効果が出てきたか!? 今、峻介の中には、M・シューマッハに続いて本山 哲の名前もインプットされてる。2004年は、Fポンの観戦に連れて行くかな(笑)。ついに、峻介が生まれてからやってるカート準備積み立て預金の解約近しか!??? |
|
12月の独り言 その2 |
|
![]() |
もう今年もあと20日ちょっと。早いですね〜一年。 チームルーズドッグスも、2003年の公式イベントは全日程を終了。一年間、みんな良く頑張った一年だったと思うよ。それが先日の忘年会の爆発的な盛り上がりに表れてた。一部、爆発しすぎてトイレに何度も駆け込む奴もいたし…。また、帰りの電車で寝てしまい、かなり遠回りして帰宅した奴もいたらしい(笑)頑張った成果がこの勝利バッジの数。トータル22勝!すげ〜や。 |
| もっとすごいのは、この22勝が15人というクラブ員で達成したこと。最多勝でH君の5勝、あとは2勝がY君、Yちゃんと猿(笑)。あとは1勝ずつ。総勢30名のクラブで15人が最低1勝してる。ましてや実働メンバーで言えば、勝ってない人間を数えた方が早いくらい。長い間、一生懸命にしっかりやってきた事が2003年で証明された。まぁ、4耐ダートラでのリタイヤが多かったのはご愛嬌かな。
2004年もこの調子で、いいムードの中でチームとして頑張ってほしいものだ。ただ、2004年は数名休養メンバーもいるし、結婚メンバーもいるから、多少メンバー的に減るかな? 復活する奴もいるけどね。いろいろ2004年に向けて、みんなそれぞれで計画、画策しているようなので、もうしばらくすれば2004年チームルーズドッグスの全容もはっきりするだろう。 しかし、春先にチーム内で結婚式が続けてあるのは財布が寒い! これも代表者の宿命か!? 2組確定、ほぼ確定なのがもう1組。さらに秋頃に1組! 女っ気がないないと思っていたら、影では結構お盛んにやってやがる。まったく! あっ! ラリーのM君の引越し祝いもすぐだ! げっ(汗) う〜ん。昨日の月曜日にPに行って正解だったな。35回の大当たりで、大箱5箱とドル箱10箱。(わかる人にはわかる)恐るべし爆発力!新海M56! ようやくローマ字入力にも慣れ、長い文章が書けた… |
|
|
12月の独り言 その1 |
|
![]() |
ぐふふっ。ついに来た! GT4! わくわく! 自宅にも届いてるはず。ぐふふっ。 |
|
11月の独り言 その1 18日、コンサートに行ってきた。知ってますか?『綾戸 智絵(あやど ちえ)』。知る人は知るジャズ歌手。最近は時々テレビにも出てるから知ってるかな。半年も前からチケット予約して、嫁さんと10数年ぶりのデート。 はっきり言って感動した。すごいや。ジャズってこんなにカッコいいのか! って。 『綾戸 智絵』の声量、トーク。すばらしい! なんて表現していいのだろう…。またバックで演奏しているミュージシャン達がすげえ。ギター、ドラム、ベース、ハモニカ、ピアノ、みんな超テクニシャン! 本当にカッコいい! まさしくセッション!!! 恥ずかしながら、涙腺がウルウルしてしまうほど感動してしまった。CDでは味わえない臨場感と迫力。やっぱライブっていいね。16年前に矢沢永吉のライブに行って以来の感動だ。ちょっと大人気なカップルには絶対お勧めです。ライブ後のフルコース!?は、バッチリ決まるよ、きっと。次回の名古屋は2004年5月です。いいよ〜、本当に。 |
|
10月の独り言 その1 |
|
![]() |
皆さん、ヤッホ〜!(ワンナイの落武者風に。笑) 10/20の走行会参加者の皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。 今回は、走行会の開催4年目にして、初!と言う事がたくさんあった一日でした。 まずは1台もコースアウトが無かった事。ナイスです!(またまた落武者風に)。皆さんそれぞれにハイレベルでした。そして、ついに僕が参加者にタイムで負けてしまいました。 |
| でも全く悔しくないです。それどころかうれしかったです。ほとんど常連のように参加していてくれたS君が、ようやく僕を超えてくれました。毎回のように、同乗走行、そしてアドバイス。効果がようやく出ました。そうやって、どんどん速いドライバーが、LOSEDOGSから育っていってくれるのは、僕の考え方、方針が間違ってない証拠にもなるので、本当にうれしいです。 2003年は、今回で最後ですが、2004年バージョンの僕で、またS君を引き離して、いじめてやろうと画策しているのも事実です(笑)。MR???????? 2004年も今までのように、走れ! 走れ! の走行会を企画中ですので、たくさんの参加を待ってます。 |
|
|
9月の独り言 その2 ここ数日ストレス溜まり気味。と言うのも、我が家がネット社会に突入したのはいいけど問題発生。息子の峻介のことを考えると、やはりローマ字入力がいいという事になった。これが問題。僕は20数年かな入力。今さらローマ字と言われても…。つい先日も「ん」は、どうやって入力するのかで息子と1時間の格闘。それが解決したら次は「しゃ」は、「おっ」は??? もう最悪である。しかし、この機会を逃すと…。ストレスだ…。(大汗) |
|
9月の独り言 その1 ![]() 先回までの続きを期待していた方々には、もう少し我慢していただいて…、 というか、ついに我が家もネット社会の仲間入りしてしまったので、このコーナーで書くにはそれ相当の度胸がいるのです(大汗)。 で、今回はわがチームルーズドッグスの活躍についてちょっと。勝負系でも紹介しているようにH君がN4チャンプ獲得したりと、結構頑張ってる。実は、チームの今年の目標は「JAF公認イベントであれば、どんな初級でも、上級でも、勝ちは勝ち! だからトータル10勝!」だったんです。それがどうなちゃったのかもうすでに13勝! 確かに過去にも8勝くらいしたことがあるけど、その頃は飛びぬけて速い一部のクラブ員だけの勝ち星。今年は違う。 チャンプ獲得のH君ですら、4勝。次にY君2勝だもの。結構クラブ内で勝ち星がバラけてる。規定変更の影響で勢力図も変化したことも要因だけど、よく頑張ってる。だから、今のクラブのムードは結構いい感じ。去年までならジムカーナの地区戦に10台もエントリーなんて考えられんかった。間違いなく、もし仮に地区戦に最多エントリー賞というものがあるなら、うちのクラブ。しかも最低限1ポイントは獲得してて、みんなランキング表に載ってる。○国にいる○崎というヤンチャ坊主が言ってた「チームしょんぼりドック」なんて今ではありえないな。今年の忘年会の武田賞は絶対ありだね(賞の内容は現金5万円! その年まあまあ活躍し、なおかつチーム活動に貢献したやつに贈られる。昨年は該当者なし)。 さてさて、誰がその栄冠に輝くことやら。ちなみにH君は、チャンピオン獲得したので○○○○○○ご優待の代わりに、シートを奢ったのでもういいだろう(笑)。 そういえば今度の地区戦の最終戦にMオヤジ、そしてH弟が復活する。どうなることやら…。 |
|
6月の独り言 その1 みなさん、お久しぶりの独り言です。あまりの暇さにサボってました(汗)先日の土曜日の夜中のこと。なぜか僕が妙にハイになってしまい、酒もないのにしゃべりまくりの独演会! 解散したのが翌日日曜日の朝5時! こんな馬鹿オヤジのおしゃべりに付きあってくれた、M,Y,H君、Yちゃん。ごめんなさいですし、ありがとうございました。おかげで、スッキリしちやいました。 しかし、いろんなこと話したなぁ〜。僕がクルマというかレースというものに興味を持ち始めた小学生時代のこと、バイクで走り回った高校時代のこと、童貞喪失から今に至る女性遍歴のこと、20数年前のラリー命! だった時代のこと。それ系の○○団○長との付き合いのこと、T自動車に勤務していた頃の話、等々、エピソードも含めたいろいろなこと。このHPでは、決して公開できないことのほうが多いけど…(汗)。あの場にいた皆は黙っててくれるかなぁ〜と不安だけど(大汗)。 ただ、その時の結論的な僕の言葉が笑える。「僕は、普通の人が人生を生活して行く上で、犯罪(逮捕されて無いだけかもしれないが…)生理と出産と死ぬこと以外のたいがいの事は、もう経験したよ!」って。自慢にもならない、悲惨な人生経験だけどね。 今回はその中で、僕の小学生からち中学のことを公開できる範囲でお話しましょう。僕がレースというものに興味を持った一番のキッカケはテレビ。もう今から40年近く前だけど、当時は日本もモーターリーゼーションぐんぐんの時代だったみたいで、結構テレビでアメリカのレースの模様とか毎週テレビでやっていた。インディー500とかも。ダンガーニーとかアルアンサー(ジュニアじゃないよ)がバリバリの現役の頃だね。僕は、あのヘルメットとスーツとクルマに、ただ素直にカッコいい! って感動してた。将来レーサーになる! って思ってた。それから数年後に例のTNT対決時代(わかる人はわかるかな)、僕の姉がT自動車に就職した関係もあって、トヨタ7とかの写真とか家に持って帰って来てて、僕の中の興味はぐんぐん増殖してた時代。小学校6年生ですでにAUTOSPORT誌を立ち読みしてた。一度だけ補導員と言う人に声かけられた事もあるよ(笑)。今では想像もつかないけど、当時は日本グランプリとか、富士のグランドチャピオンシリーズ(通称グラチャン)なんかも生中継だったもの。日曜日の昼間の3時間がレース中継だよ。生沢 徹というドライバーがヨーロッパF3に遠征して帰国と言う記事が、朝日新聞の一面に掲載された時代だよ。考えられる? だから、僕は今でも伝説となっているスカイライン50連勝! という時代に憧れと尊敬の眼差しでみていた少年だった。 高校時代には、中嶋 悟の富士でのFL550のデビューレースも見に行ったし、あの頃の中嶋選手は、碧南マツダというところのグリーンのRX3にも乗っていて、とんでともなく速かったね。星野一義のチェリーX-Rでのドリフト走行にも感動した。T自動車も派手だった。KP47(今のスターレットの前進モデル)に3K改という16バルブDOHCを載せて、ぶっちぎりに速かったよ。しかも、そのクルマが今のT自動車技術部の駐車場にどうどうと置いてあった。道路から丸見えの場所にね。よく自転車で通ったよ。フェンス越しに、ただ憧れの眼差しでじーっと見つめてた。こうして、レース、レース、レースしか頭になかった僕だけど、中学の時代は、野球にも夢中になっていて、野球かクルマしか興味なかった。で、高校は○崎工業だったんだけど、入学式の日に突然3年生が教室に乱入してきて、僕を呼んだ。「なんでおまえは、野球部にこないんだ!」って。僕もこれでも野球ではまあまあ活躍してたからね。だけどもうその時の僕の頭のなかには、1ヵ月後(5月)の誕生日になったらバイクの免許! しか頭になかったから…。坊主もいやだしね。丁重にお断りしました。それで、誕生日になつたら、速攻で自動車学校に入学。原付飛び越していきなり自動二輪取得。今では考えられないね。 それからは、ミニバイクレース、モトクロスにハマリまくった。今でもトロフィーの数は4輪より2輪のほうが多い。 こんな車、車、車の轟状態の僕が、とある事件をキッカケにして軟派な男に変貌していくんだな、これが。しかし、これはまたいつかのお楽しみにしましょう。あまりに飛びすぎてて公開するのに度胸がいる。 ではでは。 |
|
12月の独り言 その1 2002年も、もうあと残りわずか。今年はLOSEDOGSならびに僕個人的にもいろいろな事(事件!?)があった一年だったなぁ〜。そこで、今年の重大ニュース回顧録。まず一番は引越しかな。5月に新居に引越しをした。決して会社が儲かって引越ししたわけではなく、第2東名関連工事の為の立ち退き。8年住んでた家から、また引越しということでいろいろ大変だったけど、最近やっと慣れてきた感じかな。ただ唯一の障害が発生した。それは新居に伴い、室内禁煙令が発令されてしまったことかな。ちょっと前までは一家全員喫煙者だったのが、突然僕以外みんな禁煙しやがった! だから僕は毎日ベランダでひとり夜空を見上げながら一服。しかしここんところの寒さはきつい! 完璧なホタル族化してしまっているなぁ〜(悲)また、引越しを機会に家族が一匹増えた。ご存知のエボだ。最初は、新居に大胆にもオシッコちびりまくりだったが、今ではほとんど無くなって、家族の一員としてキャンキャン走り回ってる。ただ最近ちょっと色気づいたのか、僕の腕に抱きついて腰をふりふりしてくる。こいつ溜まってるなぁ〜と思い、ちょっと相手してやったら、猛烈な腰の振りとともにドピュッって。それ見てた峻介が「汁が出た!」って大騒ぎ(笑)しかし、あの腰振りは感動すら覚えてしまうほど、うらやましく見えてしまったなぁ〜。僕はできんわ(笑)。 会社はというと、6月からニューフェイスが入社。村越 司くん。最初はまったくのド素人だった司も、今ではかなり上達。自分の愛車のクラッチ交換もできるようにまでになった。しかし、ローソンのサンタの格好のバイトのお姉ちゃん見てドキドキしてしまう純情さは変わらない(笑) 本物のエボは、3月にいきなりエンジンどかん!でスタートした一年。おいおいって感じだったけど、その後は順調に熟成も進みオリジナルサスペンションも開発できたし、新Sタイヤ55Sのテストでも活躍した。まあ、デモカーとしては十分な活躍をしてくれた。これからもちゃんとメンテして、2003年も頑張って走ってもらわないと。どうも来年もサーキットにジムカーナにと走りっぱなしの一年になりそうだ。筑波にもチャンスがあればチャレンジしたいしね。 ただ会社的には、想像以上の不景気風が吹き荒れた一年でもあった。一時期は正直言って会社止めようかってくらい落ち込んだことも…(汗)。でも、こうして無事に?年越しができそうなのもLOSEDOGSを支えてくれたたくさんのお客さんの方々のおかげです。感謝しています。ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 うちには、チーム ルーズドッグスというチームがあるが、チームの一年としては、みんなそれぞれによく頑張ったんじゃないかな。ただ、毎年必ず誰かがチャンピオン獲得していたのが、今年はゼロというのはちょっと寂しいね。でも偉大な記録も更新した。それはキョウセイジムカーナシリーズ6年連続最多エントリーチーム賞! これはなかなか大変な記録だ。それだけみんなよく活動している証拠だね。しかし、引退組みも何名かあって来年は30名でスタート。それでもこれだけの大所帯を取り仕切るのは結構大変なんだな。それぞれにいろんな悩みとかあってね。ジムカーナとか走りのことの悩みはもちろんのこと。出会いや別れ。今年はいろいろあったなぁ〜。まぁこれらは僕の胸にしまっておけばいいことだけど…。みんないいヤツばかりだから、楽しいしね。来年の新年会もいろいろ仕掛けがあるみたいで楽しみだし。 あっそうそう僕のパチンコ成績も良好な一年だったな。金額は言えないけどまあまあ儲かった。あとは、年末年始の攻防にかかってる(笑)。ともかく、いろいろあつた一年だけど、無事に新年を迎えられそう。皆さんも良いお年をお迎えください。 |
|
11月の独り言 その1 今日は昔話。もう何年前だろう。ランサーエボIIIが発売間もない頃。それまでのジムカーナ界はトヨタのSW20が主流だったんだけど、だんだん4WD旋風というのが吹き始めていた当時。それまでSWで頑張っていたS君というドライバーがいた。5年連続中部地区チャピオンの実績、そして技量。すべて申し分ないドライバー。そのSもついにランサーに移行を決意。こちらは、さっそく車両の製作、そしてセットアップに忙しくなる。突貫工事で車両は完成して、さっそくシェイクダウン。ここでえらい事になった。それまでSWのような2輪駆動ばかりしか乗ったことがないSにとっては4輪駆動のランサーは、とんでもなく乗りづらい代物だということが発覚! 当時SWでは無敵だったSにとっては、同じランサーに乗った僕より遅いということは、多少なりともショックだったはず。そこで、こちらも作戦変更。クルマのチューニングよりもまず先にドライバーのチューニングに没頭。4輪駆動のシステム、走らせ方等々、ドライバーにどんどん知識として入れていく。今はだめだけど、鈴鹿南コースがオープン開始の頃は同乗もOKだったので、僕が横に乗ってアクセル、ステアリングのタイミング等々を大声出しながら走行してた。それをかれこれ一ヶ月位やったかなぁ〜。やっと僕のタイムとSのタイムが同等になってきたのは。もうここまで来ればしめたもの。もともとポテンシャルの高いドライバーだから、ここからはぐんぐん吸収していき、あっという間に僕を追い越した。さてこれからがクルマの本番。LSDのセッティングやサスペンションのセッティング。当時はいまのように4WD全盛期ではないので、セッティング手法もともかくやってみることしか無かった。走っては分解の繰り返し。週に3回はセッティングで山に行ってた。ちょうど時期を同じくして、Sが某タイヤメーカーの本社契約ドライバーになったこともあり、ドライバーのSはもちろんのこと、作り手の僕にもかなりのプレッシャーがあった。今にして思えばそのプレッシャーのおかげで、毎晩夜中になっても、なんとか没頭していたかもしれない。そんなこんなで、どんどん全日本開幕戦が近づいてきた。どのレベルで走れているのかまったく検討がつかない。ちょうど中部地区戦の開幕が一週間前だった。当時もうひとりWというドライバーも面倒見てた。そのWはまだSWだったけど、見事開幕戦優勝! その翌日、同じ会場(キョウセイ)で同じコースにしてSをランサーで走らせた。たった一人のために貸切。とんでもなくバブルの時代だったなぁ〜。走ってみたら、なんとWより5秒も速い! えっ! って感じ。他に比較がないから…。その翌日タイヤメーカーの人に、どうですか?と聞かれたが、いいのか悪いのかわからない。F1みたいにテストデーとかあって、ライバルチームとの比較もできないし。ただ、感触は悪くない。 そして開幕戦前日の練習会。当時もうひとり九州のYというドライバーの車両のメンテもやっていて、そいつもランサー初体験組。そいつのクルマで僕が会場へ。Yは単独会場入り。Yにとってはぶっつけ本番。Sは仕事の都合で欠席。そしてYが初走行。そこそこ走ってる。というよりSといつしょのベースの車両だったので、思いのほか乗りやすかったらしい。タイムも悪くない。少しだけど僕の中には自信が…。 そして決勝当日。Sにとってメーカー契約選手としてのデビュー戦。かなりのプレッシャーがあったと思うが、見事優勝! Yも5位! あの時の感動は今でも鮮烈に覚えてる。泣けてきた。続く第2戦はYが優勝! Sが3位。当時の周りの反響はすごかったなぁ〜。なんてったって、翌年まではせいぜい2位がやっと。Yにいたっては10位に届くかどうかというドライバーたちで、開幕2連勝だもの。僕の自宅まで、オイルの種類とか、LSDのセッティングとか全国から問い合わせが殺到した。 ともかく、あの当時。今振り返ってみると、なんて無茶苦茶な仕事、生活。だけど、それに伴って得られる満足と快感。ものすごく充実した日々(全日本転戦のおかげで、各地の夜遊びも堪能したし(笑)、とんでもなく自分の寿命を縮めた(笑)日々だったなぁ〜。当時が無ければ今の自分もない! と言っても過言ではない。 |
|
10月の独り言 その1 こんにちは。みなさん。今日からこのコーナー「武田の独り言」がスタートです。このコーナーを作ったわけは、45歳のオヤジである僕が、普段いろいろ感じたこと、気のついたことなどを、自分なりに解釈して言いたい放題書いてしまおうと思ったからです。いわば、マスターベーション&ストレス解消のコーナーです。時には普通に、時には過激にいろいろ書き綴っていきます。あまりクルマ関連のことはないかもしれません。ただのオヤジのたわ言だと思って、気軽に読んでみてください。まず、記念すべき第一回は映画です。最近はまってしまった映画があります。それは「宣戦布告」という邦画です。これは本当におもしろい! 時世が時世だけに、いろいろ考えさせられます。ただの戦争映画的なものではなく、今の日本が抱える専守防衛という問題を超リアルに描いてあります。仮に僕の息子が自衛隊にいたら、即刻除隊させるでしょう。もともと映画化するのは不可能といわれた原作をあそこまでリアリティーあふれる作品にするとは…。 |
|
| 10/5封切り以来もう2回も観ちゃいました。日本人なら一度観ておいた方がいいですよ。想定される敵から攻撃を受けても、今の法律ではすぐには反撃できない。まして、犠牲者が出ても撃ち返すことができないなんて…。ただ、愛知県内では、名古屋と豊橋の2館しか上映してません。ご時世だからかな〜。ともかくいい映画ですよ。是非一度ご覧あれ。 | ![]() 写真はイメージです |
|
10月の独り言 その2 世の中不景気ですね。90年バブルの時に比べて株価は3万円近く下落。まぁ、株をやってない僕にはまったく無関係だけど…。ただ、経営者としての自分なりに今の経済を考えると、たくさん????がある。デフレ、デフレといろいろ騒ぐけど、僕の見方は違ってて数年前の激安ブームからおかしくなってるような気がします。なんでもかんでも激安、激安!という謳い文句が氾濫してましたよね。今、自分の身の回りの生活用品などを見てみるとMade in JAPANって、もしかしたらクルマだけかもしれないくらいです。物を安く作るために人件費の安いアジア系の国で生産して、日本の会社名で安く売る。そして、国産品より安いからそれを買う。でも、本当にこれでいいのかな〜。結局その買ったお金。つまり消費したお金は海外の人件費として海外へ。消費はしても国内でお金が流通するのではなく、海外で流通してしまう。極論かもしれないけど、世間の奥様方が消費したお金は、自分の旦那さんのお給料に使われるのではなく、海外の知らない人のお給料になっていく。お金は天下の廻り物って古い言葉があるけど、国内で流通していればいいのだけど、実際は海外で流通していてはダメじゃないかな。確かに、世の中の経済評論家と言われる人達は、異口同音にコスト、コスト削減と称して、企業の体力向上を提唱しているけど、結局企業は体力持っても、そこで働く人達の体力はどんどん低下しているんじゃないかな。日本はモノ造りについては優れているとかいろいろ言うけど、今のように海外生産が加速している状況では、モノをつくる環境が国内から消えていくんじゃないかな。本社機能は国内だけど、製造は全て海外という、労働環境の国内空洞化がどんどん加速していくだろうな〜、このまま。こんなこと書くと叱られるかもしれないけど、中国と国交30周年とかいってお祝い事やってるけど、僕にとって何も利益還元ってあったのかなって。確かに中国生産品が安く購入できるようにはなったし、政治的にもいろいろ得することは多かったと思う。だけどその反面、企業の中国進出や、中国製品の進出が多くなって、結局労働環境の減少も悪化を招いてるとしか思えない。確かに日本の競争力の低下という問題もある。しかし、そのほとんどの原因は人件費。生活レベルが違うのだからある程度は仕方ない事だと思う。今、日本と中国は、数年前のアメリカと日本のよう。一時期、アメリカ国内で不買運動が盛んな時代があった。結局それを押さえ込めたのは、日本企業の現地進出。そしてアメリカ人を労働者として雇用したからだと思う。だからといって、日本で不買運動は起きないと思うけど。 今、冷蔵庫の世界シェアNo.1はどこか知ってますか。中国のある電気メーカーです。日本の電気メーカーが中国に進出し、自社製品を製造、販売しているうちはよかったけど、そのうち中国の技術者がどんどん育っていって、自分達で会社を立ち上げて、冷蔵庫を造るようになった。そうなると民族性の違いなのか、中国の人たちは自国の製品をどんどん購入していく。そしてあの市場規模なのだから、自国シェアを制するものは世界も制するというくらいになる。 なんだか長々と書いていたら、本筋がわかんなくなってきてしまった(汗)。文才ないな〜僕(笑)。これだけは言いたい。安いものばかり求めていると、結局自分達の生活も安く貧しいものになってしまうのではないかと。 |
|
![]() 写真はイメージです |
特に一方では、携帯に代表される通信費という、すでに浸透してしまった一生支払いつづけるローンみたいなものに、振り回されていると。今一度、Made in JAPANを見直したほうがいいんじゃなかなぁ〜と、オヤジは思うです。 |